クリスチャン2世がぐるぐると考える

クリスチャン2世の視点から結婚・信仰継承・両親との関係などについて書いています

奉仕の犠牲になるクリスチャンホームの子ども2

母は、父のことをいつも悪く言っており、私や妹達を自分の味方につけようとしていました。そしてしょっちゅう、父と言い争いをしていました。

 

教会からの帰り道はいつも母一人が私と妹たちを連れて、2時間近い道のりを帰っていました。(電車を乗り継いで、とても遠い教会に通っていたのです)母にとっては大変な苦労だったと思うのです。それが毎週となれば、ストレスが溜まって当然です。

 

今、考えると、母は寂しかったのではないかと思うのです。
教会に、父を取られたような気がしながら、同じクリスチャンという立場上、奉仕をしていることに対して文句は言えない。

家のことを全く何もしない父に、不満が溜まりながら、一方で、仕事に加えて教会の奉仕がたくさんある父の大変さも分かる。そんな自分の気持ちを誰にも言うことができないでいたのではないか。

 

思い返せば、母は教会に心の内を話せるような親しい人もいなかった気がします。

本当は、牧師夫人に子育てや夫の相談をしたり、同じ年くらいのクリスチャンの友人に愚痴を聞いてもらったりできれば、違っただろうな、と思うのです。でも、私が小さい頃に通っていた教会は、教会員同士があまりプライベートなことを分かち合う雰囲気がなかったように思います。また、人がとても多かったので、牧師先生や牧師夫人とゆっくりお話しする時間を取ってもらう、なんて、よっぽどのことがない限り考えられなかった。

 

都会の教会で、みんな教会の近くには住んでおらず、遠くから電車等で通う人が多いため、日曜日以外に会うことがないのです。そのことも、「日曜日の繋がりしかない」雰囲気を作っていたように思います。

 

 

続きます

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