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クリスチャン2世がぐるぐると考える

クリスチャン2世の視点から結婚・信仰継承・両親との関係などについて書いています

信仰は刷り込み?その3

先日、ラジオを聴いていたら、ある歌舞伎役者の方のインタビューをやっていました。その方は、お祖父さんもお父さんも歌舞伎役者で、将来は歌舞伎役者になるのが当たり前、という家系だったそう。でも、高校生くらいの時、そういう自分に疑問を持って、バンドを組んだり、バイトをしてみたり、そうして、一時期は「歌舞伎はしない」と宣言してお父さんを困らせた、というようなことを話していました。

 

そんな風だったけれど、ある時、ふと「やっぱり歌舞伎の道に進もう」と思われたんだそうです。そこには、よくある「〇〇の作品に感動したから」とかいうきっかけみたいな理由はなく、「今まで歌舞伎という価値観の中で生きてきて、それもいいなと思った」とのこと。

そして、お父さんに「歌舞伎を教えてください」と自分でお願いした。「自分で選んで、自分の口からそれを父に伝えることが、自分には必要だったのですね」とおっしゃっていました。

 

私はそれを聴きながら、ちょっとクリスチャン2世に似ているなあ、と思ったのです。

クリスチャン2世の方なら共感してくださるのではないかと思うのですが、私は、劇的な出来事があって(劇的に神様と出会って)クリスチャンになった、クリスチャン1世の友達の話などを聞くたびに、とても羨ましかった。そういう人たちは、自分の頭で考えて教会に行き、クリスチャンになることを自分で決めていることがはっきりしていたからです。

 

教会ではよく、「クリスチャンになるのは神様の一方的な恵だから、自分で選んだわけではないんだよ。」というようなことが言われますが、(それは聖書的には全くその通りだと、思うのですが)でも、恵みを受け取ると同時に、自分の意志で、クリスチャンとして生きることを選び取る、ということが、実はすごく大切だと思うのです。

クリスチャンホームでは往々にして、このことが曖昧にされているのではないか、と思います。

 

じゃあ、どうしたらクリスチャン2世は「自分でクリスチャンになることを選び取ることができる」のか?これから少しずつ考えていきたいと思います。